『10年後』

 

 とある居酒屋、カウンター席にて。

「あの頃は何でもできる気がしたよな」

 隣に座る会社の同僚が言った。

「ありきたりなセリフだね」

 同僚は俺に冷たい視線を送る。会話ができない奴だ、とでも思っているのだろう「いつのこと?」一応聞いておく。

 彼は水滴のついたジョッキを眺めながら「大学時代だよ」と言う。

「大学か。卒業してから、あれ?どれくらいだっけ」俺は惚けた口調で言った。

「霧島と俺は同期だから、ちょうど10年だ。でも薄情者の霧島は大学時代のことなんて忘れちまっただろ」

 薄情者なんて関係有るのか、そもそも自分が同僚に薄情者と呼ばれる所以などない、はずだ。

別に悔しかったわけではないが「忘れてないよ、入学式から鮮明に覚えてる」と言い返す。

「入学式なんて普通覚えてないだろ」

 正確に言うならば、入学式自体は記憶に乏しいのだが入学式後の大学構内で起きた出来事は10年経った今でも鮮明に覚えている。

 

 確かに、大学時代の俺達に怖いものなんてなかったかもしれない。

   

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