『超能力と許嫁』

 五月中旬、大学生活開始から約一か月半経った。

 周囲の様子を挙げるならば、指宿は相変わらず男性陣から圧倒的な支持を受け、あらゆる誘いを受けているが一向になびく事はなく一部では彼女の同性愛者説が流れていたりする。川内はあちこちの女性に手を出しており多方面から怒りを買っているとの噂を聞いたり。そして同学部内でいくつかの派閥ができつつあるが自分自身はどこにも属すことができていない、などなど。

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 約一ヶ月前から予告されていた同学部での新歓コンパが開かれた。会場は天文館の居酒屋で参加人数は約70人。そんなに収容できる会場があるのかと気がかりだったが、いざ入店してみるとフロアを貸しきり70人どころか100人は軽く入りそうなキャパの会場だった。

 参加した者の中には顔馴染みの者や同学部であるのに全く見覚えのない者もおり、会場内に一人や二人の部外者が参加したとして誰も気づかないのではと思った。参加者はみな未成年であるにもかかわらず、飲酒する者、喫煙する者もおり非喫煙者への気遣いで一応喫煙席と禁煙席の区切りが出来ている。かくいう自分も人生初めての酒を嗜んでいた。

「こいつ酒を飲むのは初めてなんだってよ」

 俺の隣には川内が座り、相変わらずの冷かしとブハハという笑いを受けた。正面に座っている女子二人組は川内の話を楽しんでいるようなので場を濁らせてはまずいと何も言い返せずにいた。慣れない酒のおかげで暑くなり手で顔を扇いでいると、やけに人口密度の高いテーブルが目に入った。

 そのテーブルの中心に座っているのは麗人・指宿だった。

 むさ苦しい男達に囲まれると一際輝いて見えたが、相変わらず彼女は温かみのない笑みを浮かべている。

「うちらはふたりとも広島じゃけん」と正面に座る二人組の一人、佐世保が自分と隣の都城を交互に指さしながら言う。広島の人はこんなに分かりやすい訛りと方言で喋るのかと思っていると、「俺は愛媛だよ」と川内が少しの訛りも感じさせない話し方をする。

「霧島くんは?」

「俺は宮崎」

「やっぱりそうなんだ」佐世保が言うと「こいつ訛りが強いから分かりやすいよな」と川内が相槌を打つ。これでも訛りを意識して抑えているつもりでいたため少しショックを受ける。それにしても川内はもう少し訛るべきだ。

「みんな違う話し方で、世界サミットに参加した気分だ」

「サミットってなんだよ」と川内が笑う。しかし全国から学生が集まるのは都会の有名大学くらいだと思っていたが、みなさん地元に大学はあるだろうに何故わざわざ鹿児島の大学に、と聞いてみたい。

「でも何で鹿児島の大学を選んだんだよ」俺の心を読んだのか、それとも皆同じ疑問を持っているのか川内が話題を挙げる。

「うちはお母さんの実家があるから、そこに住まわせてもらっているんだ」なるほどと思った。

「川内くんは?」

「ちょっと言い難いけどさ、鹿児島には俺の許嫁がいるんだよ。」

 

“いいなずけ” 俺と佐世保は目を合わせ、同時に声にならない声で言い合う。

「許嫁って言ったか?いま」改めて俺が聞くと「そう、許嫁」川内が言い直す。

 この平成のご時世に許嫁というシステムがまだ残っていたのかと仰天してしまう。勿論半信半疑であるが、どちらにしても鹿児島を選んだ動機としては全く納得出来ない。

 さっきまで口の動きが止まらなかった佐世保も開いた口が塞がらないと言った様子で、許嫁がいるということより、許嫁がいるという冗談を平気で口走る川内の人間性に愕然としているのではないだろうか。

 敢えてこの場で話しておくと川内の許嫁に纏わる物語はもう少し先の話だ。

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「じゃあ、そろそろ自己紹介の時間と行きましょうか」

 先月から新歓コンパの人数確認などで何度か顔を合わせていた幹事兼司会役の田守という男が手を挙げた。

 田守はその場に立ち、名前と趣味特技といった単純な自己紹介からはじまり皆それに習い淡々と自己紹介を済ませマイクは渡されていく。中には流行りの口上を流用した挨拶をする者もおり、中々の盛り上がりである。

 そして、ある人物に順番が回ってきた時、会場の空気が変わった。

 

「福岡出身の指宿です。」

 

 そう、入学式前から同学部同期の男性陣のみならず他学部の男性陣をも虜にし、それどころか大学全体を巻き込み賑わせているかもしれない、指宿だ。彼女が名乗った瞬間、主に指宿の周りに席をとれなかった連中であろう男性陣の質問攻めが始まる。まるで主演映画の発表記者会見を受けている芸能人のようだ。

 趣味は何、サークルは入ってるの、彼氏いるの、バイト先教えてなど下心の混じった質問が飛び交う。

「えー、彼氏はいません」

 なぜわざわざその質問への返答を選んだのか。カメラのシャッター音の替わりにウオオオオオオオとまるでケダモノと化した男性陣の雄叫びが会場内に響き渡る。

「おいおい指宿フリーかよ、俺も狙っちゃおうかな」川内までもが指宿のペースに巻き込まれている。

「ノンアルコールビールみたいに言うなよ、というかさっき許嫁がどうこう言ってただろ」そう言うと、川内は「そんな事言ったか?」と笑いながらとぼけてみせる、なんと適当な男だろう。

「でも彼氏がいないってのもリップサービスみたいなもんじゃないのか」

「リップサービス?なにそれ下ネタ?」呆れた。

 フン、と佐世保が鼻をならし「バカじゃないの」と言う。どうやら川内に対してではなく、指宿の発言に舞い上がっている全ての男性陣に向けられているようだ。その一言には嫉妬や憤怒などカトリックにおける七つの大罪ともいえる感情が込められているようだ。

「じゃあ、指宿さん最後に趣味、特技をよろしく」さすがに収集をつけなければならないと感じたのか田守が仕切る。

「えー、趣味は料理で、」

一拍おき、彼女が続きを発する前に、何作るの、俺の朝食つくって、可愛い!などの声が飛び出す。そして、

 

「特技は超能力です。」

 

 今、超能力って言ったのか?会場全体が同じ考えなのであろう、会場が一瞬にして静まり返る。

 前の人達に習い、場を盛り上げようとしたのか定かでないが、彼女は普段と変わらぬ無表情に等しい微笑を浮かべており、彼女の意図が汲み取れなかった。

 それにしても宴会場でなければ、なんらかの公的組織が出動しかねないほどの騒ぎをわずか一言で鎮めてみせるとは、大した超能力だ。自己紹介が始まってから何かと小言を挟んでいた川内も顔を歪めたまま口を閉ざしていた。

 俺の、いや参加者全員同じであろう心情を代弁して、なに?超能力?と誰かが言ったが指宿は何食わぬ顔で席につく。その後、超能力について触れる者はなくマイクは次の人に回った。

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「結局、注目を浴びたいだけなんだよあの女」

 自己紹介が終わった後も飲み会は続き、指宿に関する考察は続いている。次第に酒も進み佐世保は荒い言葉を発するようになった。

「五月ばれだな」俺が言うと、川内がはあ?と言う。

「環境に慣れてきた五月頃の酒の席では自分の本性が相手にばれる」

「ダジャレかよ!」川内が吹き出し「霧島も本性が出てるんじゃないか」と言う。

 そのまま続けて川内が言った、「そういえば、あいつ来てないよ」

「誰のこと?」

「ほら、入学式の日に大学の中庭で演説してた。隼人ってやつ」

「ああ、都構想の。というか隼人って名前だったのか?名乗ってたっけ?」

 都構想の、というとまるで知事や大臣のような重役と捉えられそうであるが実際はただの変わり者の青年に対する呼び名にすぎない。

「あいつ、この学部だったのか。」この場にいないどころか、俺は大講堂での集団講義でも顔を合わせたことがなかった。

 しかし、そんな噂をすれば大抵、影がさすものだ。

 会場内に設けられたスピーカーからブチッという機械音が響き渡り、再び静寂が訪れた。

 音の元へ皆が視線を集める。

「いやあ、みなさま大変お待たせしました。隼人が参上仕りました。早速自己紹介に移ります。」

 会場の一番奥にあるお立ち台の上に隼人が君臨していた。彼はポロシャツにジャージという大変ラフな出で立ちで、スーツを纏っていた時と比べると肥満体型がより一層際立っている。

 誰も待ってないし、と手痛い指摘が隼人に飛ぶ。

「悪いけど、自己紹介もう終わったんだよね」田守が立ち上がり言う。

「このビラに{自己紹介をお願いします}って書いてあるのにそれはないですよ。それくらい責任を持ってくださいよ」

 隼人が負けずと食い下がる。どんな責任だ。

「まあ、不足分の会費を俺が払わなくて済んだだけでも良しとしましょうか」田守の発言が会場の笑いを誘う。

「ただマイクは切るよ」そう言うと田守は受信する本体の電源を落とした。隼人は遅れてきた手前、それくらいは我慢しようと葛藤でもしているのだろうか。顔を歪めているが言い返すことはしなかった。

「それでは、改めましてみなさんはじめまして鹿児島出身の隼人です。」

 マイクが切られたことで邪魔する物はなくなったと参加者たちが隼人から自分の周囲へ注意を戻し話し始めた頃、隼人も話し始める。俺と川内は佐世保の広島弁を聞き流しながら隼人の話を聞いていた。

「入学前のオリエンテーションをすっぽかしただけでなく、みなさんの自己紹介も聞き逃しまったので、みなさんのことはよく知りません。」

 彼の肉声はマイクの電源は切られているのにもかかわらず、参加者約70名が一斉に発声することで生じる不協和音をも抑えこんでいる。

 たまらず田守が「趣味と特技だけでいいんだけど」という。

 隼人は聞く耳をもたず話を続ける。

「僕はね、清掃員のバイトをしてるんですよ。どこかの企業専属の清掃員とかじゃなくてね。要請があった場所に派遣されてね、依頼人の気が済むまで掃除をしなきゃいけないんですよ。」

 入学式の日に偉そうな口を叩いてるいただけあり、バイトくらいはしているようだ。

「意外と真面目にバイトしてるんだな」川内もそう言った。

「でも今回も何か不満気だけど」

「今日はね、鴨池にある交流センターで掃除してたんですよ。今日の集会に間に合うよう人一倍働いてね、なんとかここに間に合う時間に終わったんですよ。」

 何人かが疎ましく思い始めたのか、静かにしろ、空気読めなどの野次を飛ばし会場が殺伐とし始めている。

指宿が自己紹介した際の華やかな雰囲気とは雲泥の差だ。彼は動じず話し続ける。

「なのにですよ、降ってきたんですよ。灰が。」

 知ったことか、と誰かが言う。確かに知ったことじゃない。

「それもすごい量の灰で、他県から来た人は驚いたんじゃないですかね。」

 鹿児島に越してから何度か降灰は経験したが、今日ほどの規模の降灰は始めてで俺も外へ出たときは、思わず言葉を失った。

「また、やり直しでね。残業分の給料は貰えないわ、この飲み会には間に合わないわで散々ですよ。」

「遅れた言い訳の話だったのか」川内が言う。どうやら隼人は弁明がしたかったようだ。

「信じられますか?我々がね、働いた分の給料を出さないなんてね。まさか学生のうちからサービス残業なんてものを経験してしまうとは。こんなことがまかり通るから若者は働かないんですよ」

 俺と川内の予想は外れ、前回と似た展開で話が肥大し始める。それと同時に会場の野次も肥大していく。

「議会で寝ながら給料を沢山もらっているような今の議員連中にはこの退廃しつつある日本を変えることはできないんですよ。いいですか、橋下徹は政界を引退したんですよ」

「またそれかよ」と川内が笑いながら言うと、会場の何人かも同様の野次を飛ばす。やはり入学式の演説を目撃した者は多いらしい。どんどん悪化する雰囲気をみて、田守と数人の男子が隼人を退場させようと詰め寄り、隼人を羽交い締めにする。

「とにかく僕たちは橋本徹の意志を継いでね、こんな状況を変えなきゃいけないと思うんですよ。とにかくね、僕達をただ働きさせた交流センターの人達を恨み続けますよ。」

 退場間際、彼は苦し紛れに言った。

 ブハッと川内が吹き出し、「結局それが言いたかったのかよ」と言った。

 結局、話が大きくなったかと思うと個人的な怒りという小さな話に落ち着くという前回と同様の展開で終わった。指宿の方を見ると、あの時と同じように周囲の男子達には目もくれず隼人の居なくなったカラオケセットの辺りを眺めているようだった。

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 午後10時、新歓コンパが終わり大勢の参加者で行列を作りながら会場のビル階段を降りると流石は鹿児島の中心繁華街といったところか、より大勢の大人たちが夜の街を楽しみながら闊歩していた。

「それでは2次会の幹事も田守が務めます。参加の方は集まってね」と田守が言った。

 その誘いに乗り何人かが集まっていく。道の真ん中で迷惑な、と思ったが周囲には他人の迷惑など考えず我が物顔で歩いている人ばかりで取り立てて気にすることでもないのかと思った。

「霧島はどうするよ」隣にいる川内が言った。

「俺はやめとく。あいつが気に入った人を集めた後で一応他の人にも声かけとくか、みたいな態度が気に食わない」すると「卑屈」と言い川内が笑う。

「だったら丁度いいや俺と、霧島に招集がかかってるんだよ」

「招集?誰から?なにするんだよ」

「これだよ」と言いながら川内は右の肩を90度に屈曲し、肘の屈伸を繰り返すジェスチャーをしてみせた。

「交通整理?」

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