『言わせてみてえもんだ』

 翌日、講義を終えると合コンまでの時間をつぶすため自宅へ直行し、指宿との買い物ついでに購入したCDを聞きながら付属のブックレットを読んでいた。

 やはり音楽は固形媒体にかぎる。この所有感と満足感はダウンロードでは味わうことのできないものではないだろうか。そんな事を考えている内に、眠っていたようで部屋に差し込まれた西日に顔を照らされ目を覚ました。時間の経過を直感し慌てて時計を確認すると約束の時間まで1時間を切っている。

 すぐさま飛び起きて身支度を進めながら、初めての合コンに思いを馳せた。

 部屋には姿見という大層な物は置いていないため洗面台の鏡で普段よりも入念に服装を確認するが、地元宮崎のイオンで揃えた衣類はいま一つ垢抜けない格好だなと思った。

 どれほど鏡とお見合いしてもキリがなく、時間も迫っているため洗面台から離れ、靴棚に置いてある無名ブランドのボディーバッグを手に取り部屋を出た。浮き立つ気持ちを抑え早足で駅まで進んでいく。しかし頭の片隅では昨晩の指宿の忠告がいつまでも気掛かりであった。

 アパートから徒歩数分の騎射場電停から市電に乗り、数駅を経て天文館前で降りると、会場のコペルニクスへ向かう。これまで数回訪れていた文化通り前に巨大なシロアリの描かれたビルがあることに初めて気づき不気味だなと思った後、そのビルのシャッターに大胆に書かれた「殺し屋参上」の文字が目に入り再度驚く。物騒だなと思ったがすぐにシロアリ駆除会社のキャッチコピーみたいなものだろうと気づくがやはり物騒だなと思った。

 こんなことを考えている場合ではないと我に返り、一直線に会場へ向かう。

 コペルニクスには集合時間五分前に到着し、重い扉を開け薄暗い店内に入る。カウンター席に数人、個室に一組の先客がいる。店員に予約があることを告げ奥へ入るとソファ席に座る隼人をみつけ、その近くに座る見知らぬ男が目に入った。続いてもう一人の見知らぬ男とダーツをしている川内を発見する。お相手の女性達は見当たらなかった。

 隼人が俺に気づき手招きをする、彼は丁寧にアイロンがけされたスーツを身に纏い、髪型も相まってまるでホストやヤクザのようだ。

「女性陣はまだ到着してないのか。というか川内はなにしてるんだよ」

「それがですね」

 隼人の話を要約すると、二人が先に着き店内で待っていると突然、鈴木と後藤と名乗る男が現れた。彼は「俺の友達が川内のお世話になった」といい落とし前をつけろと詰め寄ってきたらしい。鈴木は十万円を寄越せば許すと言うが、川内も、はいどうぞと渡すわけにもいかない。すると鈴木は川内を挑発する言葉を浴びせ、あとは売り言葉に買い言葉で鈴木の喧嘩を買い、ダーツで金を払うか決めることになったという。

 川内が今回の合コンに至るまでの経緯は知らないが、どうやら仕組まれた罠だったらしい。鈴木の友達と言うのは、恐らく過去に川内が手を出した女の事だろう。

 指宿の忠告のお陰で多少の気構えはあったにしろ、有頂天からどん底に叩き落された気分だ。

「だから言ったじゃないの」と、顔をしかめる指宿の姿が頭に浮かぶ。

「ところで、どうしてダーツなんだ?」

「暴力はいけませんからね。僕がダーツで勝負することを提案したらあっさり承諾してくれましたよ、鈴木も暴力に自信がなかったんですかね」

 俺は鈴木の太い腕と体躯をみて、そんなことはなさそうだと思ったが、一先ず隼人の言葉にうなずいた。

「遅かったじゃん、隼人から話は聞いたのか?」川内が俺に気付き、声をかけてきた。

「ああ、試合はどうなってる?」

「まだ1ラウンド終わっただけだけど、あいつ素人同然だよ。ルールくらいは分かってるみたいだけど、3本ともアウトボードだし」

 川内は余裕のある様子で言うが、俺は嫌な予感がする。

「なあ一応確認だけど、この会場を指定したのは?」

「合コン相手の大学生だよ。俺たちにも馴染みの店だから快諾したよ。この店大学生には知名度高いのかな」

 指宿の忠告を改めて思い出す。この店を選んだことさえ、相手の企みなのではないだろうか。そう考えていた矢先に隼人が「霧島、大変ですよ」といった。

 鈴木が投げ終えた後のモニターには140とスコアが表示されている。

 やはり、全て仕組まれていたようだ。俺は人の恐ろしさを垣間見た気がして背筋が寒くなった。

「20のトリプル狙ったけど、1本だけ外しちゃったよ」鈴木は不敵な笑みを浮かべる。

1ラウンド目はなんだったんだ、手を抜いてたのか」川内が取り乱して言った。

「ハンデだよ。君、素人同然だしね。ルールくらいは分かってるみたいだけどね。」鈴木は川内の言葉を引用し挑発する。

 川内は舌打ちをして怒りを露わにし、「絶対ぶっ倒す」少年漫画の登場人物のような発言をして立ち上がる。

 1ラウンド分のハンデの差は大きく序盤は川内が有利に思えたが、6ラウンド目辺りからスコアは均衡し始め、最後の8ラウンド目を終えると川内が672、鈴木が744となり、川内の大敗だった。

「じゃあ約束の十万。よろしくね」

 川内は悔しさからか、押し黙っている。

「川内、この人の言いなりになる筋合いはない」

「きみ、霧島君だっけ。こいつのせいで俺の友達がどれだけ傷ついたと思ってるんだよ。大学生の君には分からないかもしれないけどね。君たちは既に責任を負わなきゃいけない年齢なんだよ」

 彼の見下した態度に腹が立ち、川内も同様で歯を食いしばり怒りを抑え込んでいるようだ。しかし、一番気に障っていそうな隼人は先程から一言も言葉を発していない。

「もう一回だ」唐突に川内が言うと、鈴木は「なにが?」と言った。

「もう一度勝負して、もし俺が負けたら倍の二十万払う。俺が勝てば諦めて出ていってくれ」

「君、自分の立場分かってる?」

 そもそも鈴木が金を請求する権利などない筈である。

「でも、面白いね受けて立つよ。でもそれじゃあ、ちょっと割に合わないから、五倍ならいいよ」

「分かった」川内は即答する。

「本気かよ、そもそも十万だって払う必要ないだろ」俺はすぐに制止する。

「こういうやつ。許せないんだよ。上から目線の大人ぶった野郎が。」

 川内の意見には同意できるが、実力差は歴然で、無謀だと思った。

 二回戦が始まり、今回はお互い一歩も譲らずスコアを重ねていった。しかし実力の差はそう簡単に埋められず、漫画のように怒りで普段以上の力を引き出すなんてことはなく。最終的には約10点の差で川内が敗北した。

「また、俺の勝ちだね」鈴木は嘲笑うかのごとく言う。

 川内は崩れるように椅子に座った。川内にかける言葉がみつからず、俺は項垂れる川内をただ見つめているだけだった。

「でも、惜しかったね」鈴木は顔を伏せて座っている川内の肩に手を置く。「次は負けちゃうかも」そんな憐みをかけられた川内は顔を上げ、鈴木を睨み付ける。

 その時、俺の隣に立っていた隼人が拳を強く握り締めていることに気付く。彼もまた怒りを内に溜め、堪えているのかもしれない。

「だからもう一度、チャンスをあげようか」

「なに?」川内は声を震わせて言う。

「だからチャンスをあげる。だけど金額は更に五倍の250万だからね」

 さらに五倍の言葉に、俺達は閉口してしまうが、「乗るの、乗らないの」と急かされ「乗った」と川内は言う。もはや俺に川内を止めることはできず、完全に鈴木の思う壺だ。

 すぐに三回戦は始まる。正直勝ち目はないと思っていたが川内は調子が上がり、一方鈴木はいまひとつスコアが伸びず、6ラウンド目の終了時で川内のスコアが622、鈴木が601と川内が優勢になっている。

「いけますよ、川内」隼人は逸る気持ちを抑えられないといった様子で言う。

「ああ、分かってる。嘗めた大人の自信をへし折ってやる」

 鈴木も焦りを感じているのか、険しい表情をみせる。

「大丈夫かよ」ずっと黙っていた後藤が口を開いた。鈴木は問いかけに応じず、スローラインに立つ。

 7ラウンド目。彼は追い込まれた状態でも落ち着いた佇まいで構え、矢を放つ。放たれた矢は僅かなブレもなく的に刺さる。20点のトリプルだ。続けて、2本目20のトリプル、3本目は僅かに下に反れ20点のシングルに刺さる。やはり上手い。

 次に川内の番になる。

「川内、無理に点を取らなくていいからな」俺が釘を刺すと、川内は「分かってるよ」と言った。

 川内も冷静に構えて50点のブルを狙って矢を投げた。2本は狙い通りブルに入り、11点に1本入る。7ラウンド終了時で川内のスコアは733、鈴木は741、鈴木に僅かにリードされているが、今までで一番良い流れで、最終8ラウンドに移った。

 鈴木がスローラインに立つ。「外せ」と川内の本音が口からこぼれる。俺も両手を組んで祈った。しかし、相手のミスを待つ者に勝利の女神は微笑まない。どこかの誰かが口にした言葉を思い出した。

 結果、鈴木の投げた矢は20のトリプルに3本入り、ダーツ用語でいうトンエイティーを叩き出し、液晶には921の数字が浮かび上がる。俺と川内は唖然として立ち尽くす。ここにきてこれほどの結果を出せるのは鈴木の実力と勝負強さだけでない、強運などの何かが作用しているのではないかと勘繰ってしまう。

 念のためにいうがこの時点で川内に勝ち目はなく、たとえ鈴木と同じトンエイティーを出したところで川内のスコアは913。川内の負けは揺るがない。

「7ラウンド目にブルじゃなくて20のトリプルを狙うべきだったね」鈴木は敢えて分かりきった言葉を俺たちにぶつける。「世の中、そんなに甘くないんだよ。世間知らずの大学生には良い社会勉強になったね」彼の言葉も川内の耳に入らず、信じられないといった様子で茫然としている。異様な雰囲気を察知したのか店員がチラチラと確認してくる。俺と隼人は為す術がなく、ただじっと立ち尽くしていた。

「待った!」

 店内に声が響き渡る。声の元へ視線をやると、こちらへ歩み寄ってくる者が一人。

「ちょっと待ちなさいよ」指宿は声を張り上げる。普段の指宿からは想像できない形相と張りのある声を上げてこちらに歩み寄ってくる。

「どうしてここにいるんですか」隼人が言う。「いつからここに」俺が聞くと、「最初から、ずっと」指宿は答える。

 川内は放心状態のまま指宿を見つめ、鈴木と後藤も状況を飲み込めずにポカンと口を開いている。

「黙って様子をみてたら情けないわね」指宿は休むことなく心無い言葉を川内にぶつけた。かと思えば、彼女は「隼人らしくない」と続ける。

 怒りの矛先は隼人に向いているようだ。しかし矛先を向ける相手を間違えているのではないかと思う。

「さっきから酷いこと言われて、どうして我慢できるのよ」指宿の問いに隼人は口籠り、答えられずにいる。

「この人達の事を隼人は許せるの?このまま何もしないまま引き下がるつもり?」

「しかしですね、これは川内の問題ですし、川内のプライドもありますし」

「何それ、そんな理由で気を落としてる友人を放っておくの?」

 指宿の言葉に隼人は口ごもる。

「ねえ、次は私と勝負しない?もちろんダーツで」

 鈴木は指宿の言葉が自分に向けられていると気づくまでに時間がかかり、少し間を置き答える。

「お姉さんと、俺が勝負?」

「そう。1ラウンド勝負で、私が勝てばこれまでの掛け金は帳消しにしてもらえない?」

「ふざけるなよ、何度もチャンスを与えてこの結果なんだよ」鈴木は指宿の登場に動揺しているらしく、余裕のない口ぶりだった。

「もちろん私が負けたら250万は約束通り払うし、私もあなたの望みを一つ聞いてもいいわ」

「面白いね」鈴木が言う。「何でも一つ、聞くんだな」と微笑む。

 指宿もまた冷静じゃないのかもしれない。そう思い止めに入ろうとしたとき「これは俺の問題だ、指宿は関係ないだろ」川内がようやく言葉を発した。

「負けた人が偉そうなこと言わないで」指宿は結局、川内にも容赦ない言葉を浴びせた。

「ただ、投げるのは私じゃなくて、隼人だから」彼女は隼人の肩に手を置く。

「なんでその男なんだ。そいつ、そんなに上手いのか?」ここにきて初めて鈴木は弱気になる。すると後藤が「大丈夫だ。そいつこの店で投げてるところをみたことあるけどさ。ズブの素人だよ」と言った。

 確かに後藤の言う通り、隼人は初心者の俺や指宿に劣る腕前であった。だが俺は指宿の意図を汲み取ることができた。

鈴木はしばらく悩んだ末「その勝負、受けてあげるよ」と言った。

 指宿は再び隼人の方へ向き直り「やるの、やらないの?」それでも口を開かない隼人に指宿は言葉をつづける。「心の内では奮い立ってるくせに下らない事ばかり気にしてどうするの。堂々としなさいよ」指宿の言葉は止まらない。

「鹿児島県を鹿児島都に変えるんでしょ、橋下知事の意志を継いで日本を変えるんでしょ?そんな人がここで立ち止まっていいの?」

 ここまで言われて動かない隼人ではない。まだ彼と付き合いの浅い俺でも分かった

「そこまで言われなくても、やりますよ。僕は」隼人が言い、それに答えるようにして指宿が微笑む。

 鈴木は三回戦の途中で止めていたゲームを処理している。

「指宿、超能力を使うつもりなんだろ?」

 隼人がダーツ台の前にあるテーブルの前で、マイダーツのメンテナンスをしている隙に指宿へ問いかけた。

「超能力?何言ってるの?」

「前に見せたダーツの矢を浮かせて的に飛ばした、あの超能力だよ」

「言ったじゃない。あれが使えるのは三年に一度だって。」

 そんな馬鹿な。超能力だけでなくあの冗談みたいな話まで本当だったのか。それでは尚更おかしい。

「どうしてあんな勝負持ち出したんだよ。隼人が勝てると思ってるのか?」まさに無謀だと思った。

「最近、隼人が右腕に湿布を貼ってるでしょ。あれは毎晩ダーツの練習を続けたからなの」

「そうなのか?」

「歓迎会の二次会でここに来たでしょ。その一週間後くらいかな、一緒にグループレポートを作成してる人達と飲みに行くことになってさ。それでこの店に来たとき」

 指宿は幼い頃の思い出でも語るかのように愉快な口調で話し始める。

 その日、指宿達は席に案内され、同じグループのメンバーと飲み物は何にしようかと話し合っていた際、ダーツ台の前に立つ隼人を見つけた。

 隼人は既に矢を投げる姿勢に移っていた。その姿はなんとなく以前より安定していて、投げた矢も綺麗な弧を描き的に命中していた。刺さった3本の矢はまとまりこそなかったが前のようにアウトボードが見られることはほとんどなかったという。

「隼人は私達と初めてこの店に来た日から、毎日ここに通っていたのかもしれない」

 話の途中で最後の戦いが始まる。先攻の鈴木がスローラインに立つ。

「俺たちに負けてコケにされたのがそんなに悔しかったのか」

「わからないけど、負けっ放しだった自分が許せなかったんじゃないかな」

 彼女の口からこんなに感情のこもった言葉を聞ける日がくるとは思わなかった。

 一方、鈴木はいつになく慎重に狙いを定めているように見える。そして肘を勢いよく伸展し矢を放ち、難なく20のトリプルに命中させる。

「その後、私も隼人が気になって確認するために何度かこの店に通ったんだけど、その度に隼人は矢を投げてた。ひたすら繰り返し」

 隼人も当然凄いが、隼人のためにこの店へ足繁く通う指宿も引けを取らないなと思った。

「それで上達した隼人を見て任せてみようと思ったわけか」

 話の最中、鈴木は2本目の矢を投げる。刺さったエリアは本日何度目かの20のトリプル、今さら彼が何点とろうが驚くことはなくなった。

「それもあるけど。入学式後の演説と、新歓コンパの自己紹介、そしてダーツ。常に全力疾走している隼人を見て、なんとなく信じてみたくなったんだ」

 3本目の矢が投げられる。最後の矢はトリプルのエリアからはわずかにずれ20のシングルとなった。モニターに140と合計スコアが表示される。

「だから、隼人はあんな人たちに負けたりしない」

 

「隼人は鹿児島県を鹿児島都に変えることくらいできるって信じたくなったんだよ」

 そう言って指宿は羨望のまなざしを隼人に送る。

 やや過信しすぎである気がしたが、確かに今回は彼に託しても良いとは思った。

 鈴木は安堵した表情で後藤と手を叩き合い席に着く。それと同時にダーツ台の手前に置かれた椅子に座っていた隼人が立ち上がった。

 俺と指宿は、ありふれた言葉でエールを送る。隼人は緊張しているのか、集中しているのか定かでないが、いつになく真剣な表情でこちらを一瞥し頷いたあと歩み始める。

 隼人は右手で矢を摘みこの間とは見違えた姿勢でスローラインに立つ。

「あいつどうしちゃったの」事情を知らない川内は驚いた様子で言う。

 川内が驚くのも無理はなく、隼人の弓なりに背筋を伸ばし右足へ適度に重心を寄せた綺麗な姿勢はネタばらしを受けた俺でも目を瞠ってしまう。そしてそのまますぐに矢は放たれた。

 矢はわずかに揺れているが真っ直ぐ的へ飛んでゆき、的へ刺さると同時に銃声のような効果音が鳴る。ブルだ。

 いける、指宿がつぶやく。隼人はすぐに2本目の矢に手を伸ばし姿勢を戻す。

 2投目は少しのブレもなく的に届いた。再び銃声が鳴り響く。

「話が違うぞ」鈴木がとまどいを隠せない様子で後藤に言うが、彼は何も答えない。

 隼人は最後の矢を手にし、スローフォームに入ったところで動きが止まった。プレッシャーを感じているのか、狙いを定めているのか分からないがプロに劣らぬ雰囲気を漂わせている。いつしか俺も柄になく熱中し、心の底から彼を応援していた。

 

 俺達を見下し、見透かしたつもりでいる大人達に報復してくれ。

 

 隼人の放った最後の矢が的へ飛んでいく様子は走馬灯を見ている瞬間のように、いや走馬灯なんて見たことはないが、まるでその瞬間のようにゆっくりと見えた。

 矢は申し分ない回転、軌道で飛んでいき、的の中心に命中する。

 スピーカーからファンファーレが鳴りモニターにハットトリックの文字が表示され、画面内を金色の鳥が飛び回った後、150と合計スコアが浮かび上がる。

 俺たちは三人同時に席から飛び上り、俺と川内は隼人の元へ駆け寄った。さながらリーグ優勝の決まった野球選手のようにお互い抱き寄せあい、獣のような雄叫びを上げ勝利を分かち合った。輪の外から眺めていた指宿も口元を綻ばせていた。

 隼人は、やりましたよ、やってやりましたよと繰り返し、俺たちもまた叫び続けた。鈴木たちのことはもはや失念してしまっており、店員から騒がしいと注意を受けてやっと、俺たちは我に返った。

「もしかして超能力使ったのかよ」川内が気付いて言う。

「だから、三年に一度しか使えないってば、だけど」

「だけど?」

「別の超能力は使えるかもね」指宿はいたずら好きの子供のような意地悪な笑みを浮かべる。なんだ、それは。

「でも、今回は正真正銘、隼人の手柄だよ」

 隼人は一仕事終えたというような表情で湿布の貼られた右腕をさする。その姿を見て、美容室前で彼が発した「名誉の負傷ですよ」という言葉を思い出す。

 本当に名誉の負傷だな、と思った。

 大学生活、最初の春に起きた出来事はこんな感じの内容だ。今思えば後先を考えない無鉄砲な行動であった。

 それでも簡単に忘れることのできない大事な思い出であるし、普段冷め切っている俺を熱くさせてくれた出来事であることは確かだった。この他にも隼人がバイト先の先輩からアコースティックギターを譲ってもらい路上演奏を始める話も面白いのだが、わざわざここで述べる程の話でもないので今回はここまでにしておこう。

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