『遭遇』

 冬の日。

 様々な言葉の飛び交う群衆の中で、隼人は遂にドローン男を見つけた。

 これまで追いかけてきた人物を前にして、込み上げる物も多いのだろう。彼は口を閉ざす。

「貴方がドローン男だったのですね」隼人は言った。

 ここまで、長々と書き連ねてきたが、一先ずこの季節で最後にしようと思う。

 短いようで長い大学生活であるが、一から十まで話しても仕方ない。それに、これまでの騒動を整理して一つの物語とするのであれば、ここで区切りをつけるのが一番良い形だと思うのだ。

「つまり、霧島はどこかの商社マンになるつもり、ということですね」

「そうだな。誰も驚かない、無難な落ちどころだ」

 俺の志望する凡庸な進路に対して、以前の隼人なら大いに批判していただろう。しかし、今の彼は、そんなことはしない。

 最近では、隼人の大言壮語も聞かれなくなった。きっかけは秋に起こった一連の出来事だろう。

「それにしても、指宿が居るのは珍しいな」

「悪いの?」

 悪くはないが、指宿がファミレスでの談笑に加わるのは久しぶりだった。

 最近、指宿はますますバイトに精を出しているようで、川内もサークルには加入しないとの宣言を撤回し、今ではサークル活動を満喫しているようだ。

 かつては皆と疎遠にならない様、奔走した物だ。しかし結局は四人が集合する機会は減り、現在の大学生活は隼人か宮崎さんと過ごす時間が大半を占めている。

「グリーンデイの初期はね、ビリーの労働者階級で郊外暮らしという貧しく、退屈な環境による鬱憤が爆発しているんですよ」

 話題はパンクバンド、グリーンデイに関する方向へ移っていた。

 彼の言う通り、ロングビューなど初期の曲にはボーカルを担当するビリー・ジョーの想いが如実に表れていると評する解説者も多い。

「僕と霧島は郊外育ちなので、ビリーと似たパワーを秘めていると思いますよ。指宿は福岡の百道生まれなので、その力は持ち合わせていないでしょうね」

「そうかな」

 まるで都会育ちの人間は大成しないとでもいうような、滅茶苦茶な理屈である。しかし、隼人の暴論を黙って受け止める指宿も大したものだ。

「だけど、日本とアメリカでは同じ郊外といっても、環境がまるで違うからな。ましてや労働者階級の気持ちなんて、俺達には分からないよ」

「それもそうですね。近年はグリーンデイも違う方向性で成功してますし」

 俺の反論を受け、あっさり食い下がった。やはり以前のエネルギーは徐々に失われているのかもしれない。

「付け加えるが、俺の実家は決して郊外というわけではないからな」

 一応、訂正しておいた。

話が一段落し、帰り支度を始めたころ

「ところで、あとでグリーンデイのCDを探しに行くか?」

 指宿は頷く。最早、お約束である。

 いつものCDショップ。説明は不要だろう。いつもと違う事と言えば、今回は隼人も同席していることだ。

 隼人は足早に店内に入る。

「彼氏がいても、隼人の嗜好には興味があるんだね」俺は指宿に尋ねる。

「別れたよ」指宿はあっさりと言う。

 指宿があまりにも無感情に答えたため、俺は反応に困る。

「そうなのか。じゃあ、これからは隼人と?」我ながら意地悪な質問だ。

「どういう意味?」指宿はこちらを睨む。分かりやすい反応で、思わず笑いそうになる。

「いや、何でもない」

 彼女の隼人に対する想いは現在どのような形になっているのか、知る由もない。だが、もしそれが入学当初と変わらないのであれば。いい加減に、交際まで至ってもいいのではないだろうか。

「話は変わるんだけど、円盤が飛んでるよ」

 何を言っている?苦し紛れに話を逸らそうとでもいうのか。

 指宿は空を見上げており、どうやら店内でCDが飛ぶように売れているという意味ではないらしい。つられて顔を上げる。しかし、俺が天文館の上空に見た物は円盤ではなかった。

「ドローンじゃないか」俺は声を上げる。

「とりあえず、隼人を呼んでくる」指宿が言う。

 その対応は正しいのか?だが、ドローンに遭遇した場合のマニュアル的な対処法は俺も持ち合わせてはいなかった。いつの間にか、ドローンに誘われて人が集まっている。

 建物の密集している空間にドローンを飛ばしているのだから、操作者は目視でドローンを操っている可能性が高いだろう。そう考えると操作者が近くにいるかもしれない。

 操縦者は建物の中か、はたまた路地か。辺りを見渡すと、一人の男と目が合う。すると彼はポカンと口を開け、分かりやすく驚いた表情を浮かべると、すぐに踵を返し、人混みの中へ消えた。

 それと同時に上空のドローンも無くなる。

「ドローン男が現れたんですか」血相を変えて隼人が飛び出してくる。

「そう、ただ飛んでただけだけど」後から来る指宿が言う。

「そうですか」

「でも、違法だ。低空飛行すぎる」

 隼人は怪訝そうな顔で俺を見る。

「もう、ドローンは行ってしまったのですか?」

「そうらしい」

「しかし白昼の天文館とは、大胆ですね」

 隼人は周囲を見渡す。その時、数人の男女が同時に叫び声を上げた。

「近くだな」

 俺が呟くと、隼人は真っ先に叫び声の元へ駆けつける。

 その後を追うと、路地の隅に野次馬の群れができていた。

 隼人は輪状にできた群れを掻き分け中へ入った。俺も遅れて、中へ入り込む。輪の中には隼人と、先程見失ったばかりのドローンだった。

 そして彼は無造作にドローンを手に取る。同時に野次馬のざわめきが強くなる。

「馬鹿、なに考えてるんだよ」俺は叫び、隼人の元へ駆け寄り彼の肩を掴む。

「便箋です」

 隼人はドローンに添えられていたジップロックを掲げる。彼の言う通り、ジップロックからは便箋が透けて見える。だがもしも、危険物であったならどうするつもりなのか。

 彼は俺の制止を無視したまま、中の便箋を取り出す。

「この国を変える」

 そして隼人は便箋を読み上げた。

「噂通り、面白かったな」川内は調子良く言った。

 俺と川内は以前から話題になっていたスターウォーズの最新作を劇場で観終え、出口へ向かう通路を進んでいた。

「監督が代わるのは心配したけど、杞憂だったよ」

 俺の発言に対し川内は解せないという顔をして、「冷めること言うなよな」と言った。どこに冷める要素があるというのか。

「そういえば」と川内は言い、「映画館に来るのは初めてなんだよ」と続けた。

 俺は驚き、思わず立ちすくんだ。この歳まで映画館に行ったことがないなんてあるのか。

「マジかよ」思いもよらぬことに侮蔑の言葉が口を衝いて出た。

立場逆転である。これまで川内には幾度となく俺の経験不足を馬鹿にされてきたが、今こそ、その報復に嘲笑ってしまおうかと思った。しかし文化の違いを理解する懐の広さを示すため、そして一映画ファンとしての威厳を保つため、ここは堪える。

 物販を眺めていた時。ドローンのせいで、すっかり失念していたCDショップでの指宿の話を思い出し、川内に説明した。

 話を聞き終えた川内は「やっぱり長く持たないな」と言った。まるで彼女の事を知りつくしているかのような口振りである。

「そろそろ隼人とくっつくかもしれない」俺が嘯く。

「確かに、いい加減落ち着いてほしいよ」川内が待ちくたびれたように言う。

 川内はパンフレットを品定めしている姿を見て、一時期やつれた体形も入学時に近づいた。むしろそれ以上かもしれないと思った。

「なんだよ?」

「良い体格になったな」

「何?二刀流だったの?勘弁してくれ」

 川内が妙な受け取り方をしたので、少し無視すると「秘密を教えてやろうか?」と彼は言った。

「秘密?」なんと川内に似合わない言葉だろうか。

「時期が来たら教えてやるよ」

 理解に苦しむが、一時期、どん底まで沈んだ精神面も、以前の調子を取り戻していると思った。

 俺と川内は仲良くパンフレットを購入し、映画エリアから出る。川内が真向かいにあるゲームセンターを見て、「やってく?」と言って右肘を屈伸させる。

「ダーツ台は置いてないよ」

「マジかよ」川内は残念がる様子を見せる。

 そういえば携帯の電源を切りっぱなしだったと、起動させると、携帯の液晶には隼人からの着信が入っていた。

 中央駅から市電に乗り二駅通過し、高見馬場駅で降りた。二月の鹿児島はまだまだ冷え込んでいると思った。

「この辺りを歩くのは久しぶりだ」と川内が言った。俺も久しぶりだと思った。

 俺達は隼人に呼び出され天文館界隈へ来た。時計を確認すると、夜の九時を回っている。なんだってこんな時間に。行先は、夏に一悶着のあった指宿が現在も勤続している『フルムーン』だった。

 久々ではあるが、道順は把握できており迷うことなく到着した。店先には相変わらず、時代遅れのネオンが輝いている。その灯りの下に、小太りのスーツ姿の男が立っていた。

 まさかと思い、近寄ると男の正体は紛れもない隼人だった。

「すみませんね、わざわざ呼び出してしまって」隼人は開口一番謝罪をする。

 いや、それよりも。

「どうしてそんな恰好なんだ?」川内が俺の心を代弁するかのように言った。

 すると隼人は両手でジャケットの襟を摘み、自信に満ちた表情を浮かべ「勝負服ですから」と言った。

 スーツ自体は、これまでに何度も見た物ではあるが今日はクリーニングが行き届いている。

「結局、用件は何なんだ?」俺は尋ねる。隼人に急かされ、ほいほいやってきたものの。未だにフルムーンへ呼び出された理由を知らされていない。

「実はですね」隼人は言葉を切り、再び自信ありげな表情を浮かべる。

 妙に勿体ぶるなと思った。

「指宿に呼び出されたんですよ。時間を指定されて」

「それで?」焦らされることに耐えかねたのか、川内は食らいつく。

「何の用事なのかは僕も知らされてなくて。ただ、霧島と川内もできれば招集してほしいとか」

 指宿からの招集。入学してから随分建つが、初めての事である。怪しい。率直にそう思った。川内も同様なのだろう怪訝そうな表情をしている。

 すると、フルムーンの扉が開いた。中から現れたのは、指宿だった。紫のドレスの上からコートを羽織っており、夏に訪れた時とは全く別の印象をもたせる衣装だった。

「オオムラサキ」隼人が呟いた。的確な表現に噴き出しそうになるのを堪えた。指宿と川内は首を傾げる。そして指宿が微笑むと空気は一変した。なんと、艶やかなのだろうか。

「今日は、急に呼び出してごめんね」指宿が優しく言った。これで許さない男はいないだろう。ただ一人を除いて。

「まったく、僕はね。バイト帰りにちょっと寄り道しようと思ってたのに。指宿から呼び出されたので慌てて家に帰って、たまたま卸たてだったスーツを引っ張り出してきたんですよ」隼人は言葉を荒げる。

 呼び出しについてはともかく、スーツに関しては彼の独断だろうに。

 隼人が、その後も鬱憤を晴らしていると指宿が開けたまま支えていた扉から一人の人物が現れた。

「あ、貴方は」

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