『ドローン男の冒険』 | |
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昼下がり、天文館の定食屋では壁に掛けられた液晶テレビから朝ドラの再放送が流れている。 「この国を変える?」宮崎さんは言った。 先日、隼人が天文館に墜落したドローンから取り出した便箋の内容である。ちなみに駆けつけてきた警官に隼人が激しく叱咤されたことは言うまでもない。 「県庁に墜落したドローンの便箋と同じ内容だね」 「そうなんですよ」隼人は目を輝かせる。 「でも、県庁の時は手書きの文章だったけど、今回はパソコンで作った便箋だったな」俺は思い出し意見する。 「前回は手書きだったの?」宮崎さんが尋ねてくる。 隼人は首を傾げて、「そうでしたかねえ」と呟く。 「まあ、そんな不確かな事はともかく。ドローン男はまだ死んでいなかった訳です」 隼人が一際、生き生きとした様子を見せるのと、ほぼ同時にテレビから速報音が鳴った。音に釣られて目を向けると、快活に話す主演女優の上方にテロップが表示されていた。 “鹿児島市天文館でドローン目撃の通報” 演技に定評のある彼女の存在が霞むほどの内容だった。 「ちょっとやりすぎですねえ」隼人が呟く。 確かに、前回の出没からわずか二日である。 「目撃ってことは、今回は墜落してないのかな」宮崎さんが疑問をあげる。 「どうだろう」 「まあ、外に出ればわかりますよ」そう言って隼人は立ち上がった。 捜査開始だ。 ・ 躊躇なく足を運ぶ隼人の後を追い、俺達は天文館電停前に出た。 この位置であれば、ある程度天文館全体の状況を把握できるとの考えである。辺りは既に普段の倍以上に人が集まっており、その中に巡回する数名の警官が混じっている。まさに非日常といった様子だった。 「この様子だと、まだドローン男は検挙されてはいないかもな」 「そうですね。それに、再び現れる可能性もあります」 それは、どうだろうか。何せ、この厳戒態勢だ。 「しっかし、凄い人だねえ」宮崎さんが声を上げる。 「品のない野次馬ですよ」 俺達は上品な野次馬だとでも言いたいのだろうか。 「ところで、どうやって探すつもり?」宮崎さんが尋ねる。 すると隼人が「そうですねえ」と口に手を当て、考え始める。 「もし、ドローンが現れたとして、きっとその周囲で騒ぎが大きくなると思います。そこに駆けつけて探り当てましょう」 「探り当てる?ドローンはスマホでも操作できるわけだし、大した特徴もないだろうし、見分けがつくのかな」 「それに関しては問題ありません。霧島は一度、本人の顔を見ているわけですから」 隼人は平然と言うが、俺が目撃した人物がドローン男とは限らない。仮にドローン男であったとしても、このおびただしい人の中から見つけ出すのは至難の業だろう。 「おそらく警察は怪しい人物を片端から当たっていくつもりでしょう。そう考えれば我々が有利です」 俺頼みか、責任重大である。 そうして、しばしの安寧の時間が訪れた。俺達は通りに面するドトールでドローン男の出没を待った。この時間を有事にむけ、ひたすら打ち合わせに充てるなんてことはなく。宮崎さんによって、昨日のフルムーンでの出来事に関する隼人への事情聴取が行われた。 宮崎さんが口を開くたびに、タジタジになる隼人を見て微笑ましいな、などと思った。事情聴取が一段落つくと、今度は映画談議が始まった。いつものように古今東西、満遍なく語り明かす時間である。映画について語る度、隼人と宮崎さんの知識の深さに驚かされるものだ。 夢中で話している内に随分と時間が経ったな、と思ったとき店内にまで届く程の叫び声があがった。 「隼人、今のは」 「ええ、間違いないでしょう」 「いよいよだねえ」 叫び声は、やがて人々のざわめきに替わった。先程より人の数は減っているがそれでも、人波の流れができているのが分かる。そしてその波の行きつく先にドローンが現れた可能性が高いだろう。 俺達は言葉を交わすまでもなく、店を飛び出した。 ・ 人の流れを辿る。先へ行けば行くほどに、密度が高くなる。一先ず二人とはぐれぬように道を進む。次第に警官の数が増えていく。道路が閉鎖されている可能性が高いと考えていたが、今のところそのような気配もない。 その理由は、すぐに分かった。 人と人を潜り抜けた先に見た光景は一斉に空を仰ぎ見る人々と、ビルの間をゆらゆらと飛行するドローンであった。 対象が移動するのであれば、規制のしようがないというわけか。 ひたすら騒ぎ立てる人達と空を静かに飛び続けるドローンとは、ずいぶんギャップを感じる。 「霧島、出番ですよ。この狭い空間にドローンを飛ばすのであれば、視認して操作していると思います」喧騒にかき消されぬよう、隼人が大声で言った。 「わかってるけど」 想像以上の人で溢れている。まともに顔を確認できるのは、ごく周囲の人間だけである。しかし、この路地は一度だけ訪れた記憶があった。それはいつだったか。 「そうだ」思い出し、声を漏らす。 「二人とも、このビルに入ろう」俺は背後のビルを指差して言った。 ビルの二階にあるのは、秋に訪れたアクアリウムカフェだ。この路地を俯瞰するには持って来いなのだ。 店の扉を開け、店の奥、窓際へ向かう。女性店員も外を眺めている。一応あいさつをされたが、彼女はすぐに外へ視線を戻した。今は商売どころではないのだろう。 「急いでください」隼人が急かす。 「わかってるよ」 人、人、人。夥しい数の人だ。みな一様に空を見上げている。まさに異様な光景だった。めまぐるしく視点を移す。ドローンはまだ見える。いるはずだ―――。
「いた!」俺は声を上げる。宮崎さんと隼人、そして店員の視線が集中する。 「どこですか?」 「曲がり角のビル。その真下だ。ついてきてくれ」そう言って俺は踵を返す。 お邪魔しました。一言詫びて、コーヒー一杯分の料金を机に置き、水槽の中の魚たちを見送り、店を後にする。 階段を駆け下り、再び人混みの中へ入る。あらためて位置を確認し、狙いを定めひたすら突き進む。徐々に目当ての男が近づく。 「もう少しだ」 隼人を確認すると、覚悟を決めたような表情だった。しかし、いざドローン男の前に立った時には、何をすればいいのだろうか。実際、ここまで来たものの、まるで無計画だった。 隼人は、どうするつもりなのか。今後の活動方針について話し合いでもするつもりだろうか。 男が動く気配はなく、スマートフォンを片手に持ち、じっと立ち尽くしている。あと数メートル、視界でドローン男の全身を確認できる位置まで辿り着いた。その時。 制服を身に纏った警官が、男の腕を掴んだ。 その瞬間、周囲のざわめきが更に強くなった。人々の視線がドローン男と警官に集中する。 一体、何が起きた? ・ 数人の警官達が輪を作り下がって、下がって、と繰り返している。その中心にはドローン男が鎮座していた。 冷静になって考えてみると、人々が飛行するドローンを眺め、しきりに写真に収める中。ドローン男だけはひたすらスマートフォンを睨んでいたのだから、一目瞭然だったのかもしれない。 俺達はただドローン男の様子を、じっと見つめていた。すると、間もなく連行します。と警官同士のやり取りが聞こえた気がした。そんな時、近くに立っていた隼人が動き出した。 彼は野次馬を掻き分け、最前列に立った。俺もその後に続く。 「貴方が、ドローン男だったんですね」喧騒にかき消されぬよう、叫ぶように隼人は言った。 座り込むドローン男は顔を上げ、俺の事か?とでも尋ねるような顔をする。 ここで止めても、聞く耳を持たないだろう。俺は黙って隼人を見届けることにした。 「この国を変えてやろうという、貴方の気概には感服しました。その気持ちは僕にもよく分かります。しかし」彼は感傷的に言葉を連ねる。 「ドローンを飛ばしただけではこの国は変わらないんですよ」 まるで自らの挫折を顧みて、助言でも送るようだった。 「貴方の帰りを、僕は待っています」 それだけ言うと隼人は踵を返し、立ち去った。一方ドローン男は、まるで同士をみつけたと歓喜するような表情を浮かべていた。 ・ その夜、隼人によって開かれた緊急集会には、騒ぎのおかげか、参加率の下がっている川内と指宿も宮崎さんと入れ替わりで積極的に集まってくれた。しかし招集をかけた隼人はひどく酔いつぶれ、仕舞いには涙まで見せる始末だった。 それほどにドローン男を失った悲しみは大きかったのだろう。 全員で泥酔する隼人を抱えて、彼の自宅まで重い体を運んだ。道中、しきりに呻く彼の姿はなんとも哀愁が漂っていた。 隼人の部屋に散らばるゴミを避けながら布団の上に彼を寝かせると、俺達は部屋を出た。 「あれ、泊まっていかなくてよかったのか?」川内は指宿を見て言った。 「馬鹿じゃないの」と指宿は一蹴する。ちょうど俺も同じ言葉で冷かそうかと思っており、危うく罵られるところだった。 「それにしても、また一つ青春が終わったって感じだな」 「寂しいこと言うなよ」 しばらく談笑しながら歩き続け、最寄りの電停付近にあるコンビニへさしかかったとき。 「ちょっとトイレ」と川内は言ってコンビニへ駆け込んだ。 俺は先に行こう、と指宿に言って再び歩き始めた。古びたビルの角を曲がり、甲突川河川敷沿いの路地に入る。 だいぶ酔いも覚め、寒さを感じるようになってきたと思っていると、俺は右の肩を掴まれる。 川内が戻ってきたのだと思い、俺は「早かったな」と言いながら振り返る。 しかし、その先に居たのは、見覚えのない人物だった。 「何が?」俺の肩を掴んでいた男は言って、首を傾げてる。 この男は誰だ?指宿も異変に気づき立ち止まり振り返る。 彼はボロボロのコートを羽織っており、髪と髭は伸び放題でまるでホームレスを思わせる容貌の人物だ。そのせいで、顔貌自体を把握することが難しい。 そして男と目が合った時、気づく。 この男は、鈴木だ。 驚愕する間もなく、彼は大きく上体を捻ったかと思うと、次の瞬間に拳が俺の顔面を狙い振るわれた。 |
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