『forgive』

 最後の一か月。ほとんどの大学生は卒業後の進路などとっくに固めており、最後の思い出作りなどに時間を充て、消化試合のような時間を過ごしている。俺達も例外でなく、とりたてて話すほど大きな出来事もなく、卒業旅行として行った大阪の旅もわざわざ書き記すような内容ではないだろう。

 先日、指宿の活躍により自信を取り戻した隼人も、派手な行動を起こすことはなかった。きっと大学生活の四年間が彼を少しずつ丸くさせたのだろう。その事実を知り、社会へ羽ばたいていく隼人を安心して見届けることができるのだが、内心は、やはり破天荒な隼人が恋しい物である。

 三月末日。気候は暖かくも寒くもない、桜の開花もあまりみられないような、なんとも中途半端な時期に卒業式は開かれた。

 入学式と同じ会場で、二千超の人間が詰められる。入学時の違いを挙げるならば、参加者は皆、それぞれ落ち着いた身なりと雰囲気を携えている。

 式の内容は学園長達による送辞の言葉で占められており、中々、含蓄のある言葉が多いと感じた。

 卒業式を終え、俺達四人が集合してすぐに川内が「あっけなく終わったな」と言った。

 俺達は、心無く言葉を返す。彼の言う通り四年間の締めくくりとしては本当にあっさり終わってしまったのだが、それより目の前に迫る社会という大きな壁の方へ思いを巡らせていたのだ。

 後先を考えず、自由気儘に過ごす華やかな日々もいよいよここまでだ。

「みんな、懇親会には参加するんだよな?」川内が尋ねる。

 彼の問いに三人とも頷く。

「じゃあ、一旦家に帰るから」川内が言い、「私も」と指宿が続けた。

 足早に先を行く二人は素っ気無いように感じる。二人とも残り少ない時間を過ごすのがなんとなくもどかしいのかもしれない。他人事のように考えてしまったが、このまま呑気に過ごしていても未練が積もるだけに思えて、「俺も一度帰ろうかな」と言ってしまった。

 すると、隼人は立ち止まり、神妙な顔をしてこちらを見る。

「実は、前から気になっていることがあるんですよ」

 隼人は神妙な顔をして言った。

「何?」

「ただ、尋ねるべきか、悩んでるんですよ」

「遠慮するなよ。今日が最後の機会かもしれないよ」妙に勿体ぶるな。

 隼人は「それもそうですね」と言い、言葉を選んでいるのか、彼は俯き沈黙する。

 彼がこれまで胸に秘めてきた物とは一体何なのだろうか。妙に緊張してしまう。

 そして隼人が再び顔を上げ、すぐさま口を開いた。

「霧島が本当のドローン男ではないのですか?」

 隼人が口にした言葉は俺にとって衝撃的なものだった。

「俺が?ドローン男は逮捕されただろう」

「そうですねえ。先日逮捕されたのは模倣犯ではないでしょうか」

「どうしてそう思うんだ?」

 すると隼人は再び沈黙する。

「まず、三年前の夏。ドローンが甲突川付近に現れた時、霧島も偶然近くに居ましたよね、その時、霧島が手にしていたスマートフォンの液晶に何かの操作画面が見えました。僕が覗いているのに気づいて、霧島は画面を切りましたが、ばっちり見えましたよ」

 文字通り抜け目のない奴だ。

「その時は、ゲームか何かだろうと思いましたがね。その後、霧島は宮崎さんとのバーベキューの下見をするために甲突川へ来たと言っていましたが、彼女に確認した所、そんな約束はしてなかったそうで。そこから疑い始めました」

「それだけではないんだろ?」俺は続きを要求する。

「同じ年の秋、宮崎さんが病院でドローンを操縦しましたよね。その時、霧島に操作方法を教えてもらったと言ったじゃないですか。それも疑う理由の一つです。そして何より核心に変わったのは、先日天文館にドローンが墜落した出来事です」

「どういうことだ?」

「あの時、霧島は言いましたよね。県庁に落ちたドローンに添えられた便箋は手書きだったって。その言葉が気になって、録画していたニュースを見直して、インターネットでもドローンの情報を調べてみたんですが、手書きの便箋という情報はどこにもなかったんですよ。もし添えられた便箋が手書きだったとして、それを知ることが出来るのは事件に関わった人物だけだと思うんですよね」

 そこまで話し、彼は一息つく。

「根拠と言える事はこれ位ですが、これらの情報を持った上で霧島の言動を思い返すと、疑わしい事がまだまだあるんですよ」

 彼がそこまで言った所で「もう大丈夫。名推理だ」と遮る。

 すると、隼人は嬉しそうな顔をして、「やはり」と言う。

「貴方が、ドローン男だったんですね」

 返す言葉に悩む。しかし、隠す必要もない。

「そうだよ。俺がドローン男だ。だけどどうする?通報でもするか?」

「そんな事できるはずないじゃないですか、敬愛するドローン男ですから」彼は答える。

 三年前、初めてドローンを県庁屋上へ向けて飛ばした日の事を思い出す。

 俺は隼人の持つ奔放な思想や行動力に憧れ、ドローンを飛ばすという不条理な行動を起こすことで彼に少しでも近づけるのではないかと妄信したものだ。事実、隼人がニュースで報じられるドローン男に対して常々賞賛を送り、同志だと崇める姿を見て、得も言えぬ喜びに溢れ、本当に日本を変えられるのではないかと錯覚していたのだ。しかし、その年の秋に酷い出来事が続き自信を無くした隼人を目の当たりにして、いつしか俺もドローンを飛ばすことを止めてしまった。

 今では、すっかり隼人も丸くなり、大言壮語を吐くこともなく、ドローンを飛ばしても、日本は変えられないと言う始末だ。しかし、そんな隼人の言葉に、俺も同意してしまっているのも事実だ。しかし、隼人の中にはドローン男への尊敬の念が未だ残っていることを知り、安心する。

「隼人、俺も最後に確認したいことがあるんだ」

「何ですか?」

「この間、大志を成就させるって言ったじゃないか。だけど本当はそんな自信ないんだろ」

 俺が尋ねると、隼人は閉口し、顔を歪める。

 もし、自信があるのならば、大志などと曖昧な言葉は使わず、入学式の時みたいに、鹿児島都を作ると言ってのけた筈だ。

「四年間、本当に色々な事があった。それで世の中そんなに甘くないと考えるようになったのも分かる。だけど隼人には原点を取り戻してほしいんだよ」

「原点ですか?」隼人は首を傾げる。

「そうだ」俺は答えて、ジャケットのポケットからスマートフォンを取り出す。

 隼人の原点、鹿児島都構想を築き上げると宣言するほどの信念。

 間もなくして聞こえてくる、すっかり耳慣れたモーター音。

 繁みから、小さなドローンが飛び出す。

 結局、俺にできることは、こんな荒唐無稽なことだけだ。しかし、隼人がドローン男を尊敬していると言ってくれたのだから。少しでも以前の信念を取り戻す可能性があるのならば、俺は喜んで恥をかく。

 隼人は、上昇していくドローンを目で追う。そして、会場に残った卒業生や関係者達の視線も次第に集まってくる。

 馬鹿な奴がいるものだ、いつまで学生気分でいるつもりだと咎める者も多いだろう。

 だけど、学生を名乗れる今日までは、どうか許してもらえないだろうか。

 鹿児島都構想こそ、俺にとって青春のすべてなのだから。

「いけますよ!」隼人は叫ぶ。

 ドローンの後を俺達は追う。

「僕は日本の首都を鹿児島に移してみせますよ」

 そう叫んだ隼人の真意は分からない。だけど、今の彼の姿は入学式の日、敵意を剥き出しにした大勢の聴衆に臆することなく演説する隼人そのものだった。

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